鈍色望遠鏡

文芸サークル「鈍色望遠鏡」のブログです。ただいま改装中。

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涼宮ハルヒの終焉

最近いい加減な日記ばかり書いていたら、文学マニア(本人は気違いを名乗ってる)の先輩から、
「文学のことも書けよバカヤロー!」
って罵倒されました。

仕方がないので、
「じゃあ、カラマーゾフの兄弟を読んだので、その感想でも書きますよ」
と言ってその場は逃れたのですが、実はまだ下巻を読み終わっていないうちに図書館の貸し出し期限が切れて返してしまったので、あと一週間くらいはちゃんとした感想を書けそうにないです。


というわけで、今回は別のことを書きますよ。

ただいま絶賛「あらためて」放送中のアニメ、『涼宮ハルヒの憂鬱』……の原作小説、「涼宮ハルヒ」シリーズに関する評論というか考察というかまあそんなものです。

論文仕立てに書きあげるのは面倒くさいので、若干箇条書きっぽくなります。

――さて、涼宮ハルヒシリーズといえば、おそらくみなさんご存知の通り、美少女「涼宮ハルヒ」を中心にして巻き起こる様々な騒動を、高校生の少年「キョン」の視点と口調で描き出している大人気シリーズ(詳しいあらすじは書くのが面倒なのでググッてください)。
そして現在、シリーズ最新作の『涼宮ハルヒの分裂』が発売してからおおよそ二年が経過し、「このまま続編が発売されないんじゃないか……」なんて心配をされている作品なわけです。

そんな「完結するかどうかわからない」涼宮ハルヒシリーズにおける物語のエンディング(つまりは『終焉』)がどうなるのかを構造論的に予測してみようというのが今回のテーマです。


以下、アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』及び、小説『涼宮ハルヒの憂鬱』、『涼宮ハルヒの消失』、『涼宮ハルヒの分裂』に関するネタバレがありますのでご注意ください。


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