鈍色望遠鏡

文芸サークル「鈍色望遠鏡」のブログです。ただいま改装中。

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訃報

懇意にして頂いていた大学教授が、先週の土曜日に亡くなっていたのだという知らせが、今日届きました。

奇しくも、小説家の栗本薫先生が亡くなったらしいという話を、職場でしていた最中の知らせでした。

世界は今日までに、少なくとも二つの至宝を永遠に失ってしまったわけです。


教授が急逝されたという知らせを受けて、私はしばらくの間、茫然自失となって、仕事に手をつけられないでいました。

そのままではいけないと思い、私は、自嘲と悪意のようなものを込めた笑いを浮かべながら、職場の同僚に、気晴らしのつもりで話しかけました。

「栗本薫先生が亡くなったらしいじゃないですか。それから、ついさっき連絡があったんですけど、うちの大学でも教授が一人亡くなったらしいんですよ」
「あー、そんなこともあるんじゃない?」

殴り倒したくなりました。
自分自身と、会話の相手を。

特に、見ず知らずの他人の訃報を聞いた人間が、どのような反応をするかも予測できずに軽々しく話してしまった自分を許しがたく思いました。


栗本薫先生の訃報を聞いたとき、私は悲しみはしましたが、嘆きはしませんでした。

それはきっと、私が故人を本の中でしか知らないからなのでしょう。


教授の訃報を聞いて、私は驚くばかりで、いまだに現実を受け入れきれずにいる気がします。
何かの間違いであってほしいと思っています。

それはきっと、私が教授の、「教授」としての一面しか知らなかったからなのでしょう。

人としての教授を、あまりにも知らなすぎたからなのでしょう。

……うまく表現できませんが。

私は過去に数度、教授や教授の御家族・御弟子さんと共に食事をしましたが、そんなときですら芝居がかった調子で喋る方でしたから。


人としての教授を知る、教授の御家族たちは、いまどのような心持ちでいるのでしょうか……?

考えが纏まりません。

そういえば、私はいま、『カラマーゾフの兄弟』を読み進めていてるのですが、いま読んでいるところがちょうど、人々に慕われる「長老」が死去する場面でした。
不思議な偶然です。



……本当は今日は、仕事が長引いて終電逃すかと思ったぜ、みたいな日記を書こうかと思っていたのですが、気がついたらこんなことを書いていました。


なんとも言い難いです。

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