鈍色望遠鏡

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仮面ライダー牙った

本日放送された「仮面ライダーキバ」の最終話を見ました。

以下、ネタバレを含んだ感想と考察です。



いやー!
面白かったです!

なんて言うべきなのかよくわからないですけど、とにかく「ああ、今まで見てきて本当に良かったな」って思える最終話でした。

具体的には、
「ビショップきめぇ!」
とか、
「名護さん頑張れ!」
とか、
「パパン!?」
とか言いながら見ていました。
わかってくれる人がいたら嬉しいです。

あと、渡と太牙が『真のキング』に使ってたハメ技は極悪だと思います。
「え、これってどっちが悪役なの?」
ってくらいに。



キバが始まった当初、私は、
「過去と現在とが交錯する話なんて、見ててわかりにくいだけなんじゃないか?」
と思っていました。
しかし、最終話まで見通した今では、
「『過去編』を物語の中に取り込んだおかげで、キバは他の仮面ライダーシリーズよりも深いテーマを扱えたんじゃないか?」
と思っています。


仮面ライダー(というか特撮全般)って基本的に、「超常的な能力を持った正義の味方が、人々に害をなす悪を打倒する」話ですよね。

これまでの仮面ライダーであれば、「悪であるファンガイアを滅ぼす」ことで決着をつけていたはず。
それを「人類とファンガイアとが共存できる道を探す」という終わり方に変えたところに、キバの凄さがあります。


仮面ライダーカブトが好きな人は、
「カブトだってワーム(ネイティブ)と共存しているじゃないか。ひよりとか」
っていうかもしれませんが、ネイティブのボスが「全人類ネイティブ化」を狙っていたり、そのボスをカブトが殺したり、ネイティブ化した影山瞬や自分がワームだったと気づいた神代剣が自分のことを許せずに自殺(に近い死に方)をしたりしているあたり、実状は「共存」とはかけ離れています。


キバの場合、画期的なのは、「人々を殺し続けてきたファンガイアのキングである太牙」(ファンガイア側の象徴)を渡(半人間半ファンガイアの主人公)が許し、それにより「素晴らしき青空の会の会長である嶋さん」(人類側の象徴)までもがタイガを許したことです。

ファンガイアのキングと素晴らしき青空の会の会長、この二人はいわば「ファンガイアと人類それぞれの総意を表す者」です。
つまり、この二人が和解したということは、「ファンガイアと人類が和解した」といえるでしょう。


仮面ライダーキバというドラマでは、「現在」と「過去」とが、「登場人物たちの生きる『いま』」として、並列して扱われています。

「過去」に起きた出来事は、「現在」を形作る『要素』であると同時に、「過去」を生きる人物たちの『実感』として描写されています。

すると、ファンガイアたちが「過去」から「現在」までに渡って行ってきた事が、いかに残虐な事であり、いかに許しがたい事であるかということが、「現在」だけを映すよりもずっと浮き彫りになります。
その残虐さ、許しがたさを知る、「過去から生き続けてきた人物」である嶋さんがファンガイアを許したことで、この「和解」は、深い意味を持つものになっています。


「主人公の活躍により、怪物と人類とがお互いを許し合う」
これこそが、今までの仮面ライダーシリーズでは描くことのできなかった、キバ特有のテーマ(あるいは文字通り『ドラマ』)であったといえるのではないでしょうか。

「殺したいほど憎い誰かを許す」ことって本当に難しいことだと思いますし、キバって本当にすごいドラマだったんだなあって感じました。


……本当は、「光のキバ」と「闇のキバ」の共闘とか、「過去から続くしきたりや偏見の象徴」としての「真のキング」を倒すこととか、「戦いはまだまだ続く」的な最終話の終わり方とかの意味なんかへの考察も書きたいのですが、今日はもう時間がないのでとりあえずこのあたりで止めておきます。

二十日が提出期限のレポートが終わってないんだぜ!
しかも4つも!

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