鈍色望遠鏡

文芸サークル「鈍色望遠鏡」のブログです。ただいま改装中。

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体調不良がとまらない

カゼひいた。
ありえん。

……昨日は一日中、妙にお腹がすくなあと思っていたら、体調不良の前兆だったようです。
セキとかはでないけど、体が異常にだるいです。

今日は大学もバイトもある日なんですよね……
なんとかして早退させてもらおうと思います。

そして寝ます。
最近、生活リズムを崩して、夜中充分に眠れていなかったので……

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やりたいことをやる力、あるいは決意表明

遊びの企画を立てるとき、
「来る気のある奴は来る気の無い奴は来ないんだから、大雑把でいいんだよ」
って、サークルの先輩に言われました。

いろいろやりたいことがあって、人に声をかけることになったとき、
「やる気のある人は利害なんか気にせずに行動できちゃうものだから、声をかけるときは『一緒に仕事がしたい』ってことだけを伝えればいいんだよ」
って、職場の先輩に言われました。


最近、上に書いたこのふたつのことを意識する機会が増えてます。

私はわりと「人のため」を考えて行動することの多い人間なのですが、結局のところ、私にできるのは、『やる気はあるけど何から取りかかればいいのかわからない人』に対しての「きっかけ作り」と「最後の一押し」だけで、『やる気のない人』なんかを頑張らせるほどの力とかカリスマとかはないんだなあって感じました。

あんまりしつこく言っても相手にとってはありがた迷惑でしょうし。


あとなんというかまあ、漫画『働きマン』を読んでいたら、もっと自分本位にやりたいことをやって、興味のある人にはついてきてもらうようにしたほうが自分のためにも相手のためにもいいのかな、って思いました。



というわけで、発表です。

・『プロット研究会』の設立が大学に認められました。
・近く、東方プロジェクトの二次創作漫画同人誌(合同誌)を作ります。

これらが今のところ、私が個人的にやりたいことです。
どちらも参加者を募っているので、興味のある方はご連絡ください。

たぶん、こっちからいろんな人に声をかけたりもするとは思いますが、あんまりしつこくは誘わないようにします。
だから、興味のない人は適当にあしらってやってください。


人になんと言われようとも、私は自分のやりたいことをやりたいようにやります。
もちろん、ご意見を頂ければその内容は考慮しますし、考えを改めることもあると思うので、なんでも言ってください。
喧嘩もできない間柄なんて、少なくとも友達とは呼べませんし。


ただ、私は、他人に遠慮して縮こまっているだけの生き方を、そろそろ変えたいと思うのです。

自分が失敗したことを、他人のせいにしてしまえるような生き方を、したくはないのです。

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最近思ったこと

私だけ一日が36時間にならないかなあ。

やりたいこととやらなきゃいけないこと、どっちもあんまりできてません。


あと、このまえ職場で報告書みたいなものを書いたとき先輩に、
「最後の総括部分で、なんのまとめにもならないあたりさわりのないグダグダなことしか書いてないあたり、悪い意味でキミらしいね」
って言われました。

なにひとつ反論できねえ!


やっぱり、人間逃げに走っちゃ駄目だなあとか、人を楽しませる文章を書けるようになりたいなあとか思いました。


でも、この日記からしてグダグダなことしか書いてない。

……なんてこったい!

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制服ファッション

制服ファッションって、ようするにコスプレだよなあって思ったり。

テレビで、日本の制服風のアレンジをした服を着るのが世界的に流行しているらしいよーっていう特集をやっていました。

なんでも発信地は渋谷だとか。
……大学のある場所じゃないか。


まあ、それはともかく特集を見ていて思ったのですが、この制服ファッションってやつには、「なりきり」要素が多く含まれているのですよね。
ファッションとしての全体の調和よりも、「中高生がつけていそうなアイテム」を身につけることを優先していたりして。

で。
そう言うと、「コスプレってものは、そんなに世の中に浸透したのか……」と驚く人もいるんじゃないかと思うのですが、実は、コスプレっていうのはいろんなファッションの起源となっているんですよね。

例えば、ジーンズが世界的に普及したのは、1995年の映画『理由なき反抗』(原題:Rebel Without a Cause)で主演のジェームズ・ディーンが履いていたのがきっかけらしいですし(日本の場合はもっと前から普及していましたが)。

あとは、『子供服』が生まれたのは、「コスプレ願望」によるものらしいですし。(昔は子供向けの服といえば、大人の服をデザインそのままに小さく作ったものばかりで、『子供服』と呼べるものが生まれたのは、ヴィクトリア朝後期。絵本のキャラクターが着ていた服を真似して作られたのが始まり。「ワンピース」も、ケイト・グリーナーという作家が絵本に描いたことで生まれたとか)

この『子供服』に関しては、アリスの服が着たい―ヴィクトリア朝児童文学と子供服の誕生っていう本に詳しく描かれているそうです。
残念ながら、私はまだ読んだことありませんが。
そのうちに読んで、ブログにも感想を書こうと思います。


まあ、つまるところ今回の雑記の結論は、
・「制服ファッション」はコスプレ。
・でも、コスプレっていうのはそんなに特殊なことでもない。
・ていうか、せんじつめればファッションなんてものはみんなコスプレ
・だからさ、みんな自由にコスプレすればいいんじゃない?
って感じです。

……三段論法に見せかけて、全然そんなことはないんだぜ!


まあ、今日はこんな感じのことを考えました。
我ながら雑すぎる論理展開と結論ですが、自分では結構気に入った論旨なので、そのうちにきちんと資料集めと考察をして、適当な授業のレポートとして提出してみようと思います。

こういうこと考えるのって楽しいです。



あと、テレビの特集の中で、アジアのどこかの国(忘れました)の、「日本の制服を参考に作られた」制服っていうのが紹介されてました。

ギャルゲーに出てきそうなデザインでした。

詳しい説明を聞くと、日本は日本でも、日本の「アニメ」を参考に作った制服だそうで、すごい特殊な色合いと縫製で作られていました。
いや、確かに可愛かったですが、これこそどう見てもコスプレだよなあと、英断だなあと思いました。

でも、
「制服のデザインを変更したら、入学志願者が8倍に増えた」
とか言ってました。
世の中ってすごいです。

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慣れ

アルバイト。
気がついたら毎日終電で帰るようになってました。

そのことに疑問を抱かなかった自分。

……慣れって怖いぜ!

まあ、本来の終業時間までに仕事を終わらせられない私がノロマなだけなのですけど。

……早く役に立てるようになりたいなあ。


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実感

大学に行くまで、何かの悪い冗談なんじゃないかと、心のどこかで思っていた。

いろんな人と話をして、どうやら本当のことらしいとわかった。

「キミは泣いてるかと思ったよ」
と友人に言われた。

「泣いたりはしないよ」
と僕は答えた。


でも、僕はそれで気付いた。

これは、悲しんでもいいことなんだって。
泣いてもいいことなんだって。


僕はついさっき、たぶん半年ぶりくらいに泣いた。

友人よ、ありがとう。
おかげで何かがわかった気がした。



そして先生、短い間でしたがお世話になりました。
あなたは私に「生き方」を提示してくれた、まぎれもない恩師でした。
別れの言葉を述べてしまうのは嫌なので、お茶を濁した言葉を送ります。

「良い旅路を」

著書を開けば、またあなたと「対話」できるのだと、私は信じています。



このようなことをブログに書いてしまうのは、私の「人に自分の想いを伝えたい」という心性の強さに由来するのでしょうね。


とある友人は、先生の急逝を受けて、研究者となることを決意したそうです。
正直言って、そのこと事態は、私には関わり合いのないことだと思うので、なんとも言えません。
ただ、こんな言葉を思い出しました。

「一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる」

ヨハネ福音書の一節らしいのですが、私はこの言葉の正統な解釈を知りません。

ただ、今回学生たちの間に伝わったこの訃報は、「豊かに実を結ぶ」ものなのではないかと私は考えたいです。


私は、生涯「表現者」であり続けることをここに誓います。
この日記を書いた責任として、それが相応しいものだと感じたからです。


ただ、誓ったからといって、義務感に支配されながら生きるつもりは到底ありません。

私は私の人生を、自分自身のために精一杯楽しもうと思います。

積んでる本を消化して、バイトして、授業に出て、小説を書いて、……

そんなようなことをしながら、とりあえず聖書でも読んでみようと思っています。

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訃報

懇意にして頂いていた大学教授が、先週の土曜日に亡くなっていたのだという知らせが、今日届きました。

奇しくも、小説家の栗本薫先生が亡くなったらしいという話を、職場でしていた最中の知らせでした。

世界は今日までに、少なくとも二つの至宝を永遠に失ってしまったわけです。


教授が急逝されたという知らせを受けて、私はしばらくの間、茫然自失となって、仕事に手をつけられないでいました。

そのままではいけないと思い、私は、自嘲と悪意のようなものを込めた笑いを浮かべながら、職場の同僚に、気晴らしのつもりで話しかけました。

「栗本薫先生が亡くなったらしいじゃないですか。それから、ついさっき連絡があったんですけど、うちの大学でも教授が一人亡くなったらしいんですよ」
「あー、そんなこともあるんじゃない?」

殴り倒したくなりました。
自分自身と、会話の相手を。

特に、見ず知らずの他人の訃報を聞いた人間が、どのような反応をするかも予測できずに軽々しく話してしまった自分を許しがたく思いました。


栗本薫先生の訃報を聞いたとき、私は悲しみはしましたが、嘆きはしませんでした。

それはきっと、私が故人を本の中でしか知らないからなのでしょう。


教授の訃報を聞いて、私は驚くばかりで、いまだに現実を受け入れきれずにいる気がします。
何かの間違いであってほしいと思っています。

それはきっと、私が教授の、「教授」としての一面しか知らなかったからなのでしょう。

人としての教授を、あまりにも知らなすぎたからなのでしょう。

……うまく表現できませんが。

私は過去に数度、教授や教授の御家族・御弟子さんと共に食事をしましたが、そんなときですら芝居がかった調子で喋る方でしたから。


人としての教授を知る、教授の御家族たちは、いまどのような心持ちでいるのでしょうか……?

考えが纏まりません。

そういえば、私はいま、『カラマーゾフの兄弟』を読み進めていてるのですが、いま読んでいるところがちょうど、人々に慕われる「長老」が死去する場面でした。
不思議な偶然です。



……本当は今日は、仕事が長引いて終電逃すかと思ったぜ、みたいな日記を書こうかと思っていたのですが、気がついたらこんなことを書いていました。


なんとも言い難いです。

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いそがし

いろいろ書きたいことがあるのだけれど、時間がなくて書けません。

もうちょっと待っててね。

最近、職場でできる仕事が増えてきました。

人生が楽しいわー。

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納得

常に最善を目指す必要はないと、ようやっと気付きました。

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時間帯

今日は午後11時前に家に帰りつくことができました。
ずいぶんと早い時間に帰れたなあって思いました。

家族にも、
「おかえり、今日は早かったね」
と言われました。


……もうだめかもわからんね。

時間の感覚がズレまくりです。

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